Matsu Blog

マーケティング、事業開発、統計学をテーマに何かしらを書き留めていきます

商品選びとヒューリスティクスの話

日常における意思決定の過程

あなたはどの食パンを買うべきか?

人は日頃の生活の中でさまざまな意思決定をしています。

例えば、あなたは朝食にパンを食べるタイプの人だとしましょう。
スーパーに足を運ぶと、普通の食パンだけでなく、くるみ入り、レーズン入り、ライ麦入りなどなどいろんな種類の食パンが目に入ります。食パンを1パック選ぶにもその選択の過程でさまざまなことが考えられます。いつものを買うべきか、くるみ入りにしてみるか、一番安いやつにしようか、そもそも食パンじゃなくてもいいんじゃない?などなど考えればきりがありません。

しかし実際は、食パンを買う際、考えうるすべての選択肢を検討するようなことはしていません。「いつもの買うか」という考えが浮かび、いつものように買うだけです。このように、複雑な問題に対して直感的に答えを出すことをヒューリスティック(heuristic)と言います。 コトバンクさんによると以下のような説明になっています。

ヒューリスティックスとは、人が意思決定をしたり判断を下すときに、厳密な論理で一歩一歩答えに迫るのではなく、直感で素早く解に到達する方法のことをいう。

ヒューリスティックスとは - コトバンク

すべての意思決定であらゆることを検討してしまうとあまりに複雑で時間がかかりすぎてしまいます。そのため、人はヒューリスティクスを用いて意思決定を容易にしているのです。


従来経済学による意思決定の捉え方とその問題点

効用関数で捉える意思決定

従来の経済学では、人の意思決定を効用関数(utility function)によって明らかにしようとしていました。

人は自らの効用を最大化するように行動するのであり、それは各自が持つ効用関数に基づいているという考え方です。 いま、あなたの食パンに関する効用関数は「所持金」、「おいしさ」、「健康度」で求められるとしましょう。 あなたの意思決定と効用の関係を以下のように示すことができます。

※今回用いた効用関数の式は省略しますが、ある一定の計算式に基づいて効用が算出されていると考えてください。

選択 所持金 おいしさ 健康度 効用
買わない 10,000円 0 0 100
普通の食パン 9,850円 1 1 101
くるみ入り食パン 9,800円 3 3 105
レーズン入り食パン 9,800円 2 3 103

なるほど。あなたは自らの効用を最大化するように意思決定しますから「くるみ入り食パン」を選ぶわけです。 あなたが自分自身の効用関数を知っていたら、ですけどね。

従来の経済学では、上述のような計算によって人の意思決定を科学的に捉えようとしていますが、現実的には、あなた自身でさえ何が効用を最大化するのかを知らないのです。


行動経済学による意思決定の捉え方

あなたは商品について完全に情報を有していないし、あなた自身の効用関数さえも理解していません。 合理的な意思決定をするためにはまず意思決定のための情報を集める必要がありそうです。意思決定のために多くの情報を得る方法をsearch heuristic(探索ヒューリスティック)と言います。

全探索

一番シンプルな方法は、どれがその人自身の効用を最大化するかすべて試してみることです。

普通の食パン、くるみ入りの食パン、レーズン入りの食パン、すべての食パンを食べたうえであなたが主観的に一番満足できた食パンを見つけ、それ以降の意思決定の際にそれを選択するようにするのです。今回は例が少ないから問題はなさそうですが、実際はもっと多くの選択肢があるはずなので全探索というのは非常にコストがかかる方法であることがわかります。

Satisficing

Satisficing(和訳不明)は、人はその人自身がある程度満足できるような願望水準(aspiration level)を持っているものとし、その水準を満たすまで探索を続けるという考え方です。

あなたが「ある程度おいしければいい」という考えで意思決定をしようとすると、それがあなたの願望水準となります。すべてを探索して決定するのではなく、水準を満たす度合が相対的に大きければそこで探索を終了し意思決定を終えるのです。あなたは普通の食パンを食べた後、くるみ入りまたはレーズン入りの食パンを食べた段階で選択を決定するでしょう。今回の例は選択肢が少ないですが、食パンと比べて相対的に「おいしい」食パンを見つけた段階で探索終了となると考えられます。

Directed cognition

Directed cognition(和訳不明)はSatisificingよりもシンプルな方法で、情報を収集する各機会を、意思決定する前の最後の機会であるかのように扱うことです。(ここは私の解釈があってるか怪しい、というか理解できてないです。詳しい方教えてください...)

仮に普通の食パンについてだけ試行済みで情報を得ていたとすると、あなたはあなた自身に「代わりの食パンを試行すべきであろうか。もしすべきならどれを試行すべきか?」と問うことになります。将来の探索まで考えてしまうと、「くるみ入り食パンを試すべきか、もし試しておいしかったとして次は・・・を試行すべきか、おいしくなかった場合は・・・」と複雑になってしまうのです。

Elimination by aspects

Elimination by aspectsはさきに述べたものとは異なり、特定の観点をもとに各選択肢を比較する方法です。

例えば、価格という観点をもとに各選択肢を比較してその大小で順序付けすることができます。しかしながら、Elimination by aspectsはあらかじめ各選択肢について情報を保持していることが前提となっています。価格なら問題なさそうですが、「おいしさ」は試行しないとわからないため試行前に比較することは困難です。

Search Heuristicsの要約

3つのヒューリスティックはそれぞれ独立して使われる訳ではなく、実際は相互補完的に使用されることになります。

ヒューリスティック Good Bad
全探索 多くの情報を得られる コストが大きい
Satisficing いつ探索を終えるか説明可能 次にどれを試行すべきか説明困難
Directed cognition 次にどれを試行すべきか説明可能 将来を見据えた探索計画ができない
Elimination by aspects どれを試行すべきでないか説明可能 いつ探索をやめるべきか説明困難


参考文献

本記事は以下の書籍の内容を筆者が解釈し独自に記事化したものです。
Behavioral Economics (Routledge Advanced Texts in Economics and Finance)